2011年 11月 07日
永眠
祖母が他界した。
享年103歳。
大病を患うことなく、老衰死だった。

祖母に対する接頭語を探したけれど、
最愛とか、大好きでは、
どうも陳腐な言葉のような気がして、しっくりこない。
それくらい祖母は、私にとって、
宇宙的で、包まれるような存在だった。

その反面、おばあちゃんとしての立ち位置とは違う、少し子供っぽい一面もあった。
私が友人との遊びを優先して、
祖母の家にしばらく寄り付かなくなっていた頃は、
「(私のことを)好かん。」と、拗ねてみせたことがあった。
それが可愛くて、今でもクスッと笑えるエピソード。


2ヶ月前に、体調を崩してからというもの、
私の心は落ち着かず、ずっとざわついていた。

だんだん衰えていく祖母。
最後の気配が少しずつ増す。
そして、話せる単語は少しずつ減っていく。

マタキテネ
バイバイ
オミズ
シンドイ

それから徐々に話せなくなり、瞼も閉じた状態で、
こちらからの問いかけに、微かなうなずきだけで会話する。


亡くなる3日前の光景は、一生忘れないだろう。

もう瞼を開ける力も残っていないはずの祖母。
その日は、珍しく両目を開けていた。
私が動けば、動く方に眼球が動く。
今日は微塵でもいいからいつもより楽なのかなと、
私は目に涙を溜めて、静かに喜んだ。

帰り際、祖母の顔の前で、バイバイと私が手を振ったら、
動かせないはずの、点滴の跡で内出血を作った右腕を、朧気に左右に2回振った。
そのとき私からは、涙だか鼻水だか分からない水分が、
栓が壊れたように、ぽろぽろぽろぽろ流れ出た。
祖母は、確かにここに生きているんだなって。
それが、私に対する、祖母の最後の意思表示。
そして、これが本当のバイバイになった。


祖母の死が恐くて恐くて、日々、何度もひとりでおいおい泣いた。
しかし、他界した後に泣くのはいけないと思って、
やっと楽になった祖母と、大往生の年齢をして、自分を必死に納得させる。

しかし、理屈ではない。
当分、涙の栓をコントロールするのは難しいだろう。
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by potori_ms | 2011-11-07 23:59 | 日々 | Trackback | Comments(10)
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Commented by juncafe2009 at 2011-11-08 01:21
これからも、お祖母ちゃんはポトリさんの傍でずーっと守ってくれるよ。
人はどこへ行くんだろう・・・?という私の問いに「どこにも行かないよ。
好きなとこに行けて、きっとみんなの傍にいるんよ。」
と答えが返ってきました。
私も明日、かわいいかわいい彼女を見送ってきますね。
Commented by tomo-so_ko at 2011-11-08 09:09
ここ数ヶ月potoriさんの気持ちの大半を占めてらしたのはお祖母さんの事
だったのですね。来るべき事は分かっていてもその時が早くにやって来て
すっきりするのか、それともなるべく遅くにやって来て欲しいのか。。。
所詮生けとしものは生まれる時も死ぬ時も1人ではあるのだけど、その
タマシイに寄添う事で自分自身を落着かせ納得しているのではないかと
思うのです。お祖母さんの傍にはpotoriさんが居るし、potoriさんには
お祖母さんがこれからもずっと寄添っておられるでしょう。
↑の方も同じような事を書かれておられますね。
でも道理では分かっていても実際に自分の身に置き換えると中々それは
難しいです。今は時間がクスリでしょう。
秋の夜長、ゆっくりゆっくり。
Commented by ベビーリーフ at 2011-11-08 10:13 x
更新されていないので多分そうだろうと思っていました
おばあちゃんが存在していた事の事実があった訳で。。。
うまい事言えないけれど、私はいいところに連れててってね!と
送っています。
Commented at 2011-11-08 17:19 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by potori_ms at 2011-11-08 21:10
juncafe さんへ

そうですね、祖母は私のそばにずっと居てくれますね。
ひとりになると、まだまだ涙腺が弱くて、困っちゃいます。
ありがとう。
Commented by potori_ms at 2011-11-08 21:56
tomo さんへ

そうです、ときどき私の憂いの片鱗を出しておりましたが、
すべて祖母のことでした。

現在(いま)を通り越して、遠い過去になって欲しいと思ったのは、
ただ、自分の哀しみや苦しみから逃げたいだけのものでした。
決して、祖母のことを思ってというものではなく、
自分の弱さが情けないほど露呈しました。

カタチある祖母は居なくなってしまったけれど、
それは、容れモノがなくなってしまっただけのことであって、
魂はお互い寄り添っているということですね。
そう思うと、本当に楽です、ありがとうございます。

ゆっくり、時間をかけて、涙とお別れしたいと思います。
温かいコメント、本当にありがとうございます。
Commented by potori_ms at 2011-11-08 22:04
ベビーリーフさんへ

いいところに連れててってね、というのは、
また天国で会おう、ということですね?

目に見える祖母は居なくなったけれど、
私にとって、ずっと生き続ける人ですね。
ありがとうございます。
Commented by potori_ms at 2011-11-08 22:16
鍵コメントさまへ

今日、某所の地下でお会いした方ですよね(笑)?

離れて暮らされていると、そういう覚悟ができているのですね。
私の家族はみんな近くに居るので、そういう意味では幸せですね。

それに、祖母は100歳超えだったので、普通の孫と祖母の関係よりも、
随分と長く同じ時を過ごせたことを喜ばないといけないな~と思います。

そうですね、亡くなった人を思って泣いてばかりいるよりも、
すべきことは、目の前にたくさんありますね。

励ましのコメント、ありがとうございます。
Commented at 2011-11-09 00:26
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by potori_ms at 2011-11-09 20:08
鍵コメント at 2011-11-09 00:26 さまへ

悲しい気持ちを思い出させてしまって、ごめんなさい。
鍵コメントさまも、私と同じように、お祖母さまとの時間を過ごし、
哀しい現実を受け止めながら、見送られたのですね。
近くに愛する人がいるのなら、きっと誰もが通る道なのでしょうね・・・。

鍵コメントさまも、お祖母さまにそれはそれは愛されていたのですね。
祖母と孫という関係は、母と子とはまた違う、一種特別な愛のカタチだと思います。

私も普段は先祖のことなど、ほとんど考える機会がありませんが、
消え行く命を目の前にして、この人がいなければ、
私は存在していないのだなと、感謝と自分の命の大切さを感じました。

そうですよね、まだ泣いていいときですよね。
涙を流すだけ流して、
愛する人の旅立ちをゆっくり受け止めていきます。

コメント、本当にありがとうございます。


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